2017年04月28日

海よりもまだ深く〜設定のほころび


ブログに書こうかどうか迷ったのですが、
自分の噓偽りない意見を述べるのが、
私の数少ない長所の一つだと思うので、
書くことにします。

昨日邦画『海よりもまだ深く』(2015年 是枝裕和監督)
を鑑賞しました。

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はっきり言ってダメですね。

何がダメかと言うとですね…
阿部寛さん演じる、主人公良多は10年前に一度
小説で賞を取っていて、その成功体験が忘れられず、
今も探偵事務所でパートで仕事をしながら、小説を書いている
のです。小さい頃から国語の成績が良く、出版社から
漫画原作なら仕事があるからやりませんかとオファーがあっても
「自分は小説を書く予定ですから」と断ってるんですよ。
それぐらい作家としてのプライドが高いわけです。
自分の息子にシートン動物記やファーブルを薦めているので、
良書が分かっている人間です。

なのにですよ…劇中で、職場の後輩とこんな会話があったのです。

「危ない綱を渡るって言うだろ」
「先輩、危ない橋ですよ」
「綱も橋も似たようなものだろ」


えー!って感じです。この主人公は作家で言葉のプロなんですよ、その人が
こんな言い間違いするか?(しかも面白くも何ともないし、話に何の意味も
無いセリフです)。

この映画は全体的に生活の小ネタばかり集めてストーリーを作っているので、
テーマを深く掘り下げるというタイプの作品ではありません。
それはそれで理解出来るし、好きか嫌いかは好みの問題で済むと思います。
しかし、作家という設定が崩れるようなセリフを書くのは、
作り手としてかなり不注意ではないでしょうか。
(※もし言葉の言い間違いを書きたいなら、言葉を誤用して
自分の語彙の衰えを感じる、などであれば、設定上OKだと思います)。

私は別に邦画が嫌いなわけではなく、素晴らしい作品が出てきて欲しいのです。
然しながら、プロとして世の中に作品を発表するのであれば、
私みたいなヘッポコが疑問を持ってしまうような、設定のほころびが
見えてしまうのはダメだと思います。
(※もちろん、現実では人間は言い間違いもありますが、ここで
私が言いたいのは、製作者が自ら作った設定を守らないと、その映画の
世界観が壊れるということです)。

物語は雰囲気を伝えるものであっても、書き手は雰囲気で書いては
いけないなぁ、と考えさせられたシーンでした。


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映画に出てきたカレーうどんは、美味しそうでしたよ。(とちょっとフォロー)

posted by yuki at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

文化の壁が崩れる時〜United Airlines 謝罪文


数週間前、乗客を引きずり下ろしたUnited Airlinesが炎上騒ぎに
なったわけですが、CEOが出した謝罪文がこれです。

This is an upsetting event to all of us here at
United. I apologize for having to re-accommodate these customers.
Our team is moving with a sense of urgency to work with
the authorities and conduct our own detailed review of what
happened. We are also reaching out to this passenger to talk
directly to him and further address and resolve this situation.”


ライティングのプロDr Clare Lynchが、この文章の何が悪いか分析しています。

@an upsetting event to all of us

usとは自分(たち)目線ですよね。お客様よりも自分中心の考えが出ています。
まずはお客様の立場に立って、謝らなくてはならないのではないでしょうか。

Ahaving to re-accommodate these customers

United Airlinesが乗客に乗り換えてもらう要求を
したことが問題なのではありません。強制的に引きずり下ろした
という会社の対応に、世論は怒ったわけです。

BI apologize

apologizeという言葉は非常に”形式的”に聞こえるのですね。
今回の事件はストレートにI'm sorryと謝るべきです。


というわけで、日本もアメリカも同じように、上の人が
謝罪する場合、奥歯に物が挟まったような遠回しな言い方をすること、
(特にアメリカは賠償請求される可能性があるので、
言質を取られないような言い方になったのかもしれません)、
それが逆に火に油を注ぎ、なおさら世間を怒らせてしまう
のですね。

皆さんも自分が悪いと思った時は、ゴチャゴチャ言わず、
素直に「ごめんなさい」と謝りましょう!
相手に誠意を見せるとは、そういうことです。

いやーこのブログで初めて日本語と英語の「いかんともしがたい壁」が
崩れましたね(笑)。もっと良いことで崩れて欲しいのですが…(^-^;

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こんなお菓子があるのですね〜!びっくりー。
posted by yuki at 12:33| Comment(2) | writing | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

文学はロックだ!


ブロガー仲間のUKさんは、「文学はロックに似ている」と
語っていましたが、私が思うに両者の類似性と言えば、
古くて固い既成概念を、強烈な爆発力を持って木っ端みじんに
破壊するところではないでしょうか。

そのような恐ろしい凶暴性を持つ一面はあるわけですが、
力のある作品に触れることによって、私たちは古びた因習に
押し潰されることなく、人生にいきいきとした活力を
取り戻すことが出来るのです。

今日ご紹介するのは、そんな文学者の中でもロックとしか
形容しようがない生き方をした作家

岡本かの子さん


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皆さんも、芸術家、岡本太郎さんの名前は知っていると
思いますが、そのお母さまです。

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岡本太郎さん作の太陽の塔。今見てもパンク。

夫がいながら、他の男性と同棲したり、子どもの岡本太郎さんを
柱に括り付けて小説を執筆したなど、常人と違う数々のすさまじい
エピソードを残しています。

その彼女の精神のきらめきがほとばしる
小説「渾沌未分」の一節を引用します。

こせこせしたものは一切抛なげ捨ててしまえ、生れたてのほやほやの人間になってしまえ。向うものが運命なら運命のぎりぎりの根元のところへ、
向うものが事情なら、これ以上割り切れない種子のところに詰め寄って、
掛値かけねなしの一騎打いっきうちの勝負をしよう。

この勝負を試すには、決して目的を立ててはいけない。決して打算を
してはいけない。自分の一切を賽さいにして、投げてみるだけだ。
そこから本当に再び立ち上がれる大丈夫な命が見付かって来よう。
今、なんにも惜おしむな。今、自分の持ち合せ全部をみんな抛げ捨てろ――
一切合財を抛げ捨てろ――。


何という逞しい、力強い文章でしょうか‼明治時代にこれだけの
意志の強さを表した女性は、稀有な存在だったと思います。

女性が法的にも物理的にも自由になった今でも、不安で行動を
起こせないという方は、まだまだ多いです。

そんな方は一度、かの子さんの作品を読んでみたら
いかがでしょうか。

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これがロックだ!(オヤジギャグ…すみません)
posted by yuki at 17:09| Comment(4) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする